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石狩平野を望むテラス墓地と多摩洋風墓園

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いやはや観測史上最も暑い日々だそうです

幸い札幌では二三日は28度近くの暑い日はありましたが
今日あたりでも最高気温23度です

ちょうど一週間前に岳父などの眠る墓をこの墓園に移しました

はるか向こうに石狩平野の東端の一部が見えます

岬のように突き出ている山は達布(タップ)山といって
明治時代の開拓時に 開拓使関係の主だった面々が
この山から360度見まわして開拓の構想を練ったと言います

達布山の頂上から撮った写真はかつて掲げました

ところでこの墓園のお墓はみんな同じような墓石ですね

この区画はテラス墓地というネーミングでした

これは墓園の既成企画の墓石であって
契約した区画に自由な設計の墓石を置くことはできません

この墓園にはもちろん自由設計の区画もありますが
今回は関係家族の負担が重くならないようにテラス墓地にしました

幸いに関係家族の誰もが
不満の無い区画とデザインを選ぶことが出来ました

ただ私には何となく既視感があったので
このブログを調べてみました

すると2012年6月に投稿した写真にある 多摩市の我が家から
徒歩10分程度の場所の洋風墓園によく似ていたのです

参照するのもなんですから再掲します(Retina IIIC ↓)
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異なるのは多摩市の洋風墓園は墓石を地面にベタ置きしていますが
こちらのは地面から小1メートル土台を上げてから置いてあるのです

もちろん積雪時の維持管理のためですね

夏涼しい代わりに 冬の厳しさ対策が必要になってきます
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by zuoteng_jin | 2018-07-23 17:52 | Bessa R2A | Comments(0)

フレンチ「ル・ミディ」の雲丹のムースのパイ包焼き

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我が家から車で12~13分のレストラン「ル・ミディ」です

昨日のお昼はここに行きましたが二度目の訪問です

この建物はシェフが中古を手に入れて
自分で内外装の改装を手掛けたらしいです
(あとで内部の写真を追加します→下に追加しました)
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天井が高く 窓から爽やかな風が入る快適なホールです

土用の丑の日にウナギならぬ
雲丹のムースのパイ包焼きがお目当てでした

このお店のシェフは利尻島の出身で
漁師の子息として育った由ですが 兄二人が漁師を継いで
三男の彼は漁師を断念して料理界に入ったそうです

それだけに7月8月9月の目玉が
利尻雲丹のムースのパイ包焼きです

前菜とスープの後にパイ包焼きが運ばれてきました(AQUOS SHV41 ↓)
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トマトを刻んだソースが美味しそうです

ナイフを入れると雲丹のムースが出てきました
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いやこれは美味いです

トマトを刻んだオイリーなソースは想像した通りに雲丹を引き立てます

このあとの主菜の白身魚のソテーも旨かったですが
このパイ包焼きには降参しました

かつてミシュラン北海道にランクインしたお店だそうですが
それもなるほどと思いました

夏の楽しみが一つ増えました
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by zuoteng_jin | 2018-07-21 17:00 | Bessa R3A | Comments(0)

厚別川原のパークゴルフとドイツを防いだポーランド

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西日本の洪水土砂崩れの被害には言葉を失います

札幌市厚別区には今日の日中 大雨警報が出ましたが
夕方には雲が晴れて青空が広がりました

この地域が大雨洪水となると この厚別川の川原はたちまち冠水してしまいます

幸い今日あたりなら パークゴルフを楽しむような天候に恵まれたと思います

今晩は深夜にサッカーW杯の決勝(フランス対クロアチア)が行われます

グループリーグFの強豪ドイツ(ランク1位)も
グループリーグHで日本に勝ったポーランド(ランク8位)も
ともに決勝トーナメントには進むことが出来ませんでした

ところで7月15日はドイツとポーランドにとって忘れられない日です

はるか昔の1410年7月15日 ポーランドとリトアニア連合軍が
侵略してきたドイツ騎士団を撃退してポーランドのヤギウェオ王朝を守りました
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ポーランドの古都クラクフに立つ記念碑で
馬にまたがっているのはヤギウェオ王朝の王ヴワディスワフ2世です

クラクフ駅に近いこともあって
出張で来たサラリーマンの皆さんに人気があるようでした
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記念碑の下部に横たわっているのはドイツ騎士団の団長ユンギンゲンです

この戦闘はグランヴァルトの戦いと呼ばれ
日本で言えば関ヶ原の戦いのようなもので
今でもこの戦闘を再現しながらビールなどで盛り上がるお祭りがあるそうです
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by zuoteng_jin | 2018-07-15 17:30 | Minolta CLE | Comments(2)

洋食文化発祥の五島軒と函館味覚のルーツ

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函館最後の食事は明治12年から続く洋食の五島軒です

初代料理長はロシア料理が得意で
二代目は帝国ホテル仕込みの料理を提供して基礎が出来たと聞きます

函館市文学館から霧雨の中 予約もなしに歩いて行きましたから
しばらく下のようなクラシックなしつらえのロビーで待ちました
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ほどなくテーブルに案内されましたが
室内は白壁が基調になっていました
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料理はオードブルセットに(これは悪くなかったです)
明治の洋食&カレーという定番ランチでした

洋食はビーフカレーにポタージュスープ・コロッケ二種・エビフライ・ビーフシチューですが
コロッケやエビフライやカレーはスーパーの冷凍食品やレトルトのほうが旨いものがあります

まあ明治の洋食のサンプルを経験するのですから
旨い不味いを言ってはいけないものですね

極めつけはビーフシチューで やたらと砂糖甘かったです

函館の砂糖甘さ これまで紹介したように
キュウリの一本漬け・日本そばのつゆ・味噌トンカツソースすべてが砂糖甘いのは
五島軒の洋食から始まったのではないかと思いました
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観光客ではない地元の皆さんがこうして会食を楽しんでいました


函館は北海道開拓使が廃止になった後の明治15年に函館県になります

その函館県の初代県令が薩摩出身の時任氏でした(俳優時任三郎の先祖の一人)
函館県の職員にも薩摩人が少なからずいたに違いありません

軌道に乗り始めた五島軒の洋食も
彼らに喜んでもらうために 甘口が基本になったはずですね

いや ロシア料理のフルコースをいただかないで
この家の料理を云々するのは失礼なのは重々承知しています

しかし函館味覚のルーツを確かめ得たような気になったのは確実です
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by zuoteng_jin | 2017-09-02 17:15 | Leica M7 | Comments(2)

函館市文学館と啄木・谷讓次・辻仁成・宇江佐真理など

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函館四日目最終日に函館市文学館に行きました

函館ゆかりの文学者はほかにもいますが
私がすぐに思い出すのは石川啄木・谷讓次・辻仁成・宇江佐真理などです

啄木は2Fの全フロアを使って展示してありました

啄木の展示を子細に見るにつけ 付き合うのも大変だったろうと
同僚をはじめ周りの人たちに同情してしまいます

私が特にうれしかったのは谷讓次またの名を「丹下左膳」の林不亡の展示です

本名は長谷川海太郎でペンネームは谷讓次・林不亡・牧逸馬の三つあります

谷讓次名義では外国滞在エッセイを書きましたが
下のようなものが私の愛読書でした
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「めりけんじゃっぷ商売往来」は1920年代にアメリカで働いた経験談で
耳で聞いた英語の描写が実に活き活きとしているのです

たとえば地名でもシアトルではなく耳で聞いたとおりにセアルルと書きます

1930年代前半の「丹下左膳」の売れ方は異常なほどで
あまりに売れっ子になったために体調を崩して
喘息で亡くなったのが35歳の時だったのですね

たまたま学芸員のアラ還の女性に
谷讓次の紹介が詳しくてありがたいと言うと
「谷讓次を知っている方はほとんどいません 嬉しいです」
そういって啄木の展示を見るときにもそばに来て
あれこれ話をされました

辻仁成は昨日紹介した高校生たちの在籍する函館西高校卒業です

谷讓次の函館高校は現在の函館中部高校ですが
その後輩に宇江佐真理がいました

函館の生まれ育ちで 一度も深川に足を踏み入れたことがないのに
深川を中心にした時代小説を書いたんですね

異能の人でしたが惜しくも先年癌で亡くなりました

ところで今日は恵庭市の市民対象の公開講座がありました

「名花の漢詩を鑑賞する」ですが かねて用意した講義資料8頁
ちょうど80分で消化できました

人数は多くはないですが
唐代の花の漢詩を充分に楽しんでいただきました
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by zuoteng_jin | 2017-09-01 18:37 | Leica M7 | Comments(0)

とんかつ「とん悦」とご飯三杯目に盛り上がる高校生

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函館最後の夕食はホテルのそばの和風トンカツ「とん悦」でした

揚げ方に普通のサクサクとんかつ風と
少ない油で時間をかけてじっくり両面を焼くカツレツ風とが選択できます

我が家は奥さんがヒレ肉のとんかつ風
私がロース肉のカツレツ風を選びました

ロースのカツレツは充分に美味しいものでしたが
札幌元町のローリエのポークカツレツの絶品には及びません

ソースもトンカツソースと味噌カツソースがありましたが
味噌カツソースは味噌の塩味よりも砂糖味が勝っていました

隣のテーブルに6人の高校生がいて特大のカツをおかずに
それぞれご飯をお替わりしてしまい 三杯目を新たに釜で炊いてもらいました
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それがやっと炊き上がったところです

爽快なみごとな食べっぷりに感じて
「気持ちいい食べ方だね 写真一枚撮らせて」と声を掛けると
三杯目のお椀を掲げて応じてくれました
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函館西高校の水泳部の諸君だということで
ついさっき海から上がってきましたと言っていました

こういう交流がガイドブックに載らない地元食堂の面白さです
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by zuoteng_jin | 2017-08-31 17:24 | Leica M7 | Comments(0)

五稜郭公園と函館の元祖・本店と千秋庵の超元祖

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函館三日目そばを食べてから五稜郭タワーに行きました

五稜郭が入るように自撮りしていますね

私は評伝をいくつか読んだので榎本武揚を思いながら
函館戦争の跡をしのびましたが
一般には函館で戦死した土方歳三に人気があります

銅像といっしょに記念写真を撮る観光客は後を絶ちません
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話は変わりますが函館は本店や元祖があちこちにあります
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函館はカレーが盛んな所ですが 上はカレーの「小いけ」本店です
昭和23年創業だそうで 本店は創業者の子孫が受け継いでいます

この本店から20mしか離れていない場所に
下の写真のように「元祖」カレーの「小いけ」があります
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どちらも人気店のようですが
元祖は創業者のもとで仕事をした従業員が受け継いだそうです

私が初めて知って驚いたのは千秋庵です
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千秋庵は北海道の菓子製造販売の老舗で
道内の各主要都市に根付いています

しかし函館は1860年に開業した元祖なので
ここが「千秋庵総本家」を名乗っています

それから1894年に小樽(今は廃業)
1921年に札幌に展開したらしいです

総本家の看板は風化して読み取ることもできませんが
今度行ったときには 敬意を表して
真正面から撮影したいと思います
(この日は雨で 道路の反対側からの撮影は断念しました)
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by zuoteng_jin | 2017-08-30 17:35 | Leica M7 | Comments(0)

函館の蕎麦の老舗と蕎麦百年碑

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函館山から降りて「かね久山田」という蕎麦屋に行きました

これもホテルから徒歩数分の老舗で
店内の額縁も時代がついたものでした
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上のコマは絞り開放 シャッター速度15分の1秒の手持ち撮影です

ライカM7は重いボディですが だからこそ
15分の1秒でもブレないで撮ることが出来ます

ざる・もり・かけ程度しかなく 5~6人しか席の無い小さなお店で
昼に2時間ほどの営業らしく タクシードライバーも
客の案内に躊躇する由でした

そばを待つ間に 両肩にかけるストラップに
重量級のデジタル一眼を装着したおじさんが座りました

狭い店内とあって圧倒的な存在感です
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今回の函館行では高齢男性の一人旅が目につきました

それはともかく大豆の粉をつなぎにした蕎麦は悪くなかったですが
そばつゆは案の定 経験がないほど甘かったです

この店は大正中期の創業だと言いますが
すぐ近くにこんな石碑がありました
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函館の製麺業麺食業百年を記念して平成9年に建てられたそうです
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by zuoteng_jin | 2017-08-29 18:27 | Leica M7 | Comments(0)

函館山と高田屋通り護国坂

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函館三日目は函館山に行ってみました

ホテルは右手の方のグリーンベルト沿いの一番大きい物です

グリーベルトは高田屋嘉兵衛にちなむ高田屋通りです

そこをリハビリを兼ねて
歩いて函館山ふもとのロープウエイ駅に行きました
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ふもとと言ってもこういう坂道
護国神社前なので護国坂という坂を上り
中腹を5分ほど巻いて歩いた先にあるのです

グリーンベルトは松の刈込など 手入れが行き届いていますが
歩道にはこんなふうに葡萄のツルが伸びていました
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葡萄ヅルの下には古いゴミ箱が傾いています
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このロープウエイのゴンドラは
100人以上を運ぶことが出来る大型のものです

函館山から見下ろす夜景が有名ですが
地図地形が好きなので昼景の方が見たかったのです
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雨が上がって自撮りに向いた日和になりました

今日のお昼には東京から墓参に来た65年の付き合いの親友と
京王プラザホテルでゆっくりと食事をしながらよもやま話でした

まだ現役で寿司を握っているのですが
相変わらず健康そのものなのは嬉しいことでした
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by zuoteng_jin | 2017-08-28 17:58 | Leica M7 | Comments(0)

函館塩ラーメン「豆さん」

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ベイエリアからホテルに帰って休んでから塩ラーメンを食べに出ました

札幌味噌ラーメン 旭川醤油ラーメンと並び 函館は塩ラーメンです

上の写真で分かるように入口が半間のドアの小さな店です

中に入るとカウンターに五席 二人掛けのテーブルが一つでした
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この店主さんが奥に一部屋ありますというので行ってみると
小さな四人掛けのテーブルがありました
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運ばれた塩ラーメンは期待通りシンプルな味わいで
毎日食べたいとは言いませんが 飽きの来ないラーメンでした
(お持ち帰りパックもありました)

函館塩ラーメンは店主の前掛けに「岡田製麺」とあるように
その製麺所が提供して流行するようになったという説があります

したがって「豆さんラーメン」が元祖を名乗ることもあるようです

五年ほど前までは十字街という繁華な場所で
もっと大きな店舗を営んでいました(店舗の建物が残っています)

この場所は実は函館山の坂を下りたところにあるので
夜景を見終わった観光客で賑わうのだそうです
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それにしても函館の飲食店は元祖だの本店だのがやたらにある街でした

いずれそれに触れることがありますが 今日はこれで
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by zuoteng_jin | 2017-08-27 18:00 | Leica M7 | Comments(0)