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2019年 09月 03日 ( 1 )

屯田兵屋の屋根とプラタナスの葉

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屯田兵屋の屋根裏です

屋根は柾屋根だったそうですから 積雪凍結のあとは大変だったと思います

立派な梁が通り梁の上に柱や斜交いがあり
この柱と斜交いで垂木を支える構造になっています

開拓小屋とは比べ物にならない居宅ですが
さすがに天井板は無いのでした

明治期の北海道の住宅は全く寒冷地仕様ではなく
高温多湿の南方仕様であったことは
司馬遼太郎が『街道をゆく 北海道の諸道』のなかで何度か触れています

司馬遼太郎は旭川の屯田兵屋を見た時の感想を
「小屋とも言いにくいほどに小さい。その貧寒とした粗末さ(中略)を
見ていると、この寒冷地でほんとうにこの小屋に生きた人間が
住んでいたのかとうたがわれてくるほどである」と書いています

いやいや司馬さん 武士ではない開拓民の開拓小屋をご存じないから
屯田兵屋が粗末だと言い募るのですよ

北海道においては屯田兵は明らかに特権階級だったのです

私が山形から嫁いできた祖母から聞いた話からは
想像もできない立派な兵屋なんです

それでも最盛期には7000戸以上あった屯田兵は
年季明けには逃げ出すものが多く 定着率は二割ほどであったらしいです

ことほどさように北海道の農地開拓は厳しかったのでしょう

今日になって寒冷地稲作の父・中山久蔵シンポジウムの幹事さんから
お誘いのメールが届きました

屯田兵屋を見て色々と考える所があるので
取りあえず参加しますと返信しました

屯田兵屋を撮ったフィルムをカメラから早く取り出したくて
マンションの前でシャッターを切ったのが下のプラタナスです
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使用機材→クリック
by zuoteng_jin | 2019-09-03 17:30 | Leitz Minolta CL | Comments(0)