庄内藩ハママシケ遺物と松本十郎

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庄内藩が150年前に設置した石橋だそうです

松本十郎は父戸田文次郎とともに物頭長屋に暮らした由ですが
それは下のような場所にあったと推定されています
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今は落葉樹が鬱蒼としていますが 地元の人の説明によると
昭和40年代はカラリと開けた斜面だったそうです

ところでこの落葉樹の林は
私の岳父が造林した可能性が大なのです

浜益には岳父の造林事業所があって
付近一帯の造林を請け負っていたからですが
いつか確認してみたいものです

陣屋遺跡の中心は奉行所跡ですが
昭和末期に浜益村(現石狩市浜益区)教育委員会が場所を確定したのは
平坦な敷地と井戸の跡があったからだといいます
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上がその井戸の跡です

この陣屋で足かけ2年過ごした松本十郎は
ほぼ10年後に新政府の開拓使役人として再訪します
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陣屋の建築物は引き揚げる庄内藩士がすべて解体しました

再訪した松本十郎はその後も残ったふもとの商家の裏の段丘に立って
明治の浜益村や日本海を眺めたはずです

ただかつてとは立場が異なる自分を顧みて
色々と複雑な想いにとらわれたことは間違いないだろうと思います
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Retina IIIc Xenon
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by zuoteng_jin | 2017-09-24 18:39 | RetinaIIIc Xenon | Comments(2)
Commented by yumeo at 2017-09-25 23:09 x
官吏時代の松本十郎は公文書等でその足跡が残っているわけですが、同じ蝦夷地にいたのに庄内藩時代のはあまりないのが残念です(『異形の人』では数項触れられているだけですね)。子母沢寛で読みたいところですが、池澤夏樹の『静かな大地』風でもいいです。(と贅沢なことを言ってみるww)
Commented by zuoteng_jin at 2017-09-25 23:36
おっしゃる通りですね。空語集には本人の回想がありそうですが、一向に解読が進んでいないようです。
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