開拓使麦酒醸造所と官有物払下げと抗議の行き倒れ

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旧サッポロビール工場の前身は開拓使麦酒醸造所です

サッポロファクトリーに行くとこの醸造所がありますが
これを見ると北海道開拓の裏面史を思わずにいられません

この醸造所は明治9年に旧薩摩藩士の開拓使吏員村橋久成が
英国仕込みの創造法を導入して建造したものです

完成すると村橋は東京でビールの販路開拓に献身し
開拓使ビールの製造・販売は軌道に乗ります

しかし 黒田清隆らは膨大な資本を注いだ開拓使の色々な官有物を
1割から2割程度の低価格で民間に払い下げて大問題になりました

開拓使麦酒醸造所は大倉喜八郎と渋沢栄一が払い受け
サッポロビールとして新たな歴史を歩み始めます

この不透明な払い下げに抗議して明治14年に
村橋久成は開拓使を辞職して妻子を捨て
托鉢僧になり行方をくらまします

10年後の明治25年 村橋は神戸で
行き倒れているのを発見されますが
名前を告げてすぐに亡くなります

大倉喜八郎はサッポロビール以外にも手広く事業を展開し
大倉財閥を築きますが その陰で村橋久成のような
悲劇的な運命に追い込まれた人物も出ました

明治という時代の暗黒面のひとつです
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Leica IIIC
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by zuoteng_jin | 2016-07-12 18:28 | Leica IIIC | Comments(0)
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