白樺並木と幌内炭鉱の調査報告書と松本十郎

c0182775_17322592.jpg

姉の告別式も滞りなく終わりました

二日間パイプ椅子に身体を支えていると
どうしても身体が強張り 帰宅してどっと疲れが出ましたが
先ほどひと眠りしてどうやら回復しました

姉を見送るときに必然的に
生まれ故郷の三笠市や幌内炭鉱が思い出されました

三笠市のホームページには幌内炭鉱について
以下のように紹介があります

「 三笠の石炭の歴史は、明治元年に石狩村の木村吉太郎が
幌内で炭層の露出面を発見したことに始まります。
  明治6年には開拓使庁出仕榎本武揚、幾春別川を遡航。幌
内イクシウンベツ煤田を実地調査し、鉱山地質学者ライマンが
幌内煤田を調査し、明治12年、幌内煤田開坑に着手しました。
  明治22年に北海道炭鉱鉄道会社が設立。幌内、幾春別炭
坑を国から払い下げます。
  その後着々と採炭を続け、三笠の発展を担って行きます。昭
和37年に幌内、新幌内炭鉱連絡坑道が貫通し、昭和41年には
幌内立坑を完成。翌年新幌内鉱と統合し、幌内炭鉱が誕生しま
した。
  昭和50年に幌内炭鉱でガス爆発が発生、昭和52年に出炭を
再開しますが、国内炭の需要低下により平成元年、幌内炭鉱は
閉山しました」

上の記事にある榎本武揚の実地調査について たまたま枕頭書
にしていた加茂儀一「榎本武揚」にその調査報告書が全文引用
してあります

これは何と時の開拓使大判官・松本十郎に提出され 加茂儀一
氏は松本十郎の孫の松本友氏が保管してあったのを借用し
て引用した由です

先日松本十郎の足跡の残る厚田に行ってみたのですが
松本十郎と我が故郷の三笠や幌内や幾春別がダイレクトに
結びついたのには驚いてしまいました

しかしこの調査報告書に出てくる地名は
掌を指すようによく分かるのにはさらに驚きました

そんな風に故郷をしのびつつ
亡姉をしのんでいます
c0182775_17555541.jpg




Leica IIIC
c0182775_17595547.jpg

by zuoteng_jin | 2016-06-24 17:58 | Leica IIIC | Comments(0)
<< 石狩平野の夏と吹奏楽定期演奏会 ブランコの兄妹 >>