大学案内と下重さん

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30年前に私が作った大学案内です

グレーの部分が変色していますね

1986年の秋だったと思いますが
大学案内を編集する委員に選ばれました

委員会がいつまでも具体的な編集プランを議論しないので
業を煮やした私は 40頁ほどの編集紙面見本を作り
編集説明書を用意してプレゼンをやりました

予算に限度があったのでモノクロ判のプランだったのですが
すぐに佐藤プランで しかも全頁カラーで自由にやってほしい
そういう依頼が大学当局からありました

それから1年近くかけ
ほとんど一人で写真を撮って画像資料を貯め
各学部から上がった文字原稿の文体の調子を整え
フォントや色を決めて44頁の大学案内を作り上げました

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表紙の女子大生アップは今ならどうということもないですが
30年前のことですから受験雑誌でも話題になりました

88年の学研高2コース5月号で 地味だった国公立大について
「ガイドブックもカラフルでファッショナブルになってきた」
という頁を編み リクルート編集の新潟大や香川大とともに
私の素人編集の富山大学案内が
この表紙写真の画像を添えて紹介されました
(曰く:富山大のパンフ、こういう魅力的なものなら“選球”のしがいがあるネ)

もちろん無償の公務作業ですが
それほどの成果に報いないのは申し訳ないと
当時の学生部の事務方の長(学生部次長)が私費で一席設けてくれました

後で聞くと 全部佐藤に任せて予算を投入しろ
そんなふうに学生部職員に指令を出しておられたのだそうです

その次長さんは文部省の本省職員で
各地の地方大学職員を歴任しておられ
下重という個性的なお名前でした

慰労の席で「私はやたらに同姓の多い苗字ですが
下重さんというお名前は個性的でいいですね
NHKアナの下重暁子さんしか思いつきませんが」
というと 次長さんは少しはにかみながら
「それ私の姉です」と白状なさったのです

下重暁子さんはこの春「家族という病」という
家族関係を否定する本を出してベストセラーになっています

あの次長さんは「家族という病」を
どんなふうに受けとめたのでしょうか

私もつい当時のことを思い出しました

by zuoteng_jin | 2015-05-23 16:45 | その他 | Comments(0)
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