秋のほおずきと松本十郎浜益研修会

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東京ではほおずきは7月のものでした

たとえば浅草のほおずき市は7月10日前後です

でも北海道のほおずきは9月末から10月前半なんです
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マンション敷地内では今ちょうど桔梗が終わり
ほおずきの紅い実がなっています


今日は抜けるような秋晴れでした

日曜日はオープンキャンパスで出勤でしたので
今日はその振替休日を取り
札幌の松本十郎の会と恵庭の中山久蔵の会との合同で
十郎の父が勤務した浜益奉行所における研修会に参加しました

参加者は50名で バスをチャーターして往復しました

かつての庄内藩浜益奉行所は山の斜面に
15棟ほどの長屋があったのですが
今は高い落葉樹の深い林になっていました

庄内藩奉行所は8年間経営された由ですが
そのうち足かけ2年ほど十郎はここで過ごしたのです

奉行所跡見学のあと 厚田で十郎が斎藤鉄太郎(子母澤寛の祖父)と
旧交を温め二晩語り明かした厚田の正眼寺に行きました

ここで十郎と鉄太郎の再会の様子を参加者に紹介しましたが
鉄太郎が過ごした「南へ向いた丘」の景観が
昨年とは異なって ふもとの方にいろんな建築物が工事中でした

そうなってくると子母澤寛「厚田日記」の作品イメージが
想像し難くなりそうで ちょっと残念な思いで帰宅しました
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Retina IIIc Xenon
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by zuoteng_jin | 2017-09-22 18:14 | RetinaIIIc Xenon | Comments(2)
Commented by yumeo at 2017-09-23 19:57 x
こんにちは。久しぶりの松本十郎ネタで喜んでいたら「南へ向いた丘」があの写真とは変わってしまったのですね…。Z先生の写真と子母沢寛の描写がリンクしてましたからとても残念です。その時々の写真はとても大事ですね。
Commented by zuoteng_jin at 2017-09-23 20:37
yumeoさん、お久しぶりの松本十郎です。開拓使になるずっと前の青少年戸田惣十郎時代に暮らした土地を見てきました。明日のブログでご紹介しますが、開拓使大判官になって巡視に出て、厚田で斎藤鉄太郎に再会した後、この浜益を通過して北上して行きます。其の折にはこの陣屋は庄内藩がすっかり撤収した後で更地になっており、今や新政府の役人になっている十郎は相当複雑な思いであったと思いを巡らしました。
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