厚田の南へ向いた丘から

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厚田の南へ向いた丘に子母澤寛の文学碑があります

碑文は昨日ご紹介した「厚田日記」の冒頭書き出しですが
碑石は厚田の集落を見渡して立っています

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真ん中の赤い屋根が正眼寺です

正眼寺に宿を取った開拓使判官松本十郎は
ちょうど碑石の上部に見える峠を越えて厚田入りしました

画面右手の方は石狩湾の一部で 右にレンズを振ると
遠くに小樽方面や積丹半島が見えます
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冬の間 海沿いの道は猛烈な吹雪で通れなかったそうですから
山手の峠道が往来でした

斎藤鉄太郎が身を潜めた当時は
厚田漁場はニシン漁でにぎわいました

石狩・厚田・増毛は「三場」と言われていた由です

斎藤鉄太郎は松本十郎からの役人就任要請に対し
代わりに厚田に居ついた4人のうち 最も若い武士を推薦して
自らは厚田で用心棒をやったり 漁業の網元になったり
「角鉄」という旅籠を営んだりしました

斎藤たちはこの地に骨をうずめる覚悟をして
「丘のサビタの樹の下に埋めて 無銘の石を
墓石代わりに置いてくれればいいのさ」
というようなことを再三言っていました
(斎藤が亡くなったのは札幌でしたが)

そのサビタの樹は下の画面の右端に見えますが
この一群れだけしか確認できませんでした

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ひとつ残念なことはサビタの樹の下を通った時に
白い花にも一応はレンズを向けたのですが
すでに枯れかかっていてシャッターを切らなかったことです

来年は5月中に出かけて満開のサビタを撮ってきたいと思います
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Minolta XD

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by zuoteng_jin | 2016-06-07 18:06 | Minolta XD | Comments(0)
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